日本酒の醸造はカビと麹から始まります。

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    カビと麹

    日本酒の原料は、穀物である米(粳米)である。

    米の澱粉から酒を醸すためには、澱粉を酵母によって発酵可能な糖に分解(糖化)せねばなりません。
    澱粉糖化の手段にカビを用いることは、東洋の酒造りの大きな特徴であり、カビは「コウジカビ (Aspergillus oryzae)」を用い「麹」を造るところから日本酒の醸造は始まります。
    麹は精白された米を蒸煮し、これにコウジカビを植えつけ増殖させたものです。
    カビは増殖する過程で米から栄養分を摂取するために、米を分解する諸々の酵素を生産します。
    とりわけ糖化酵素(澱粉分解酵素)がもっとも重要であります。
    米から酒を醸すためには、原料である米がもつ澱粉、蛋白質、脂質などを、酵母が代謝できる低分子化合物にまで分解する必要があります。
    麹造りの目的は、これらの分解反応を進めるいろいろな酵素を、カビによって生産させることにあります。
    ヨーロッパでは、同じ目的のために穀物を発芽させた穀芽(その代表は大麦麦芽)が用いられることが多いのですが、この「凝縮された諸酵素群のかたまり」とも言える麹に、蒸煮された精白米と水を混ぜ合わせ、これに純粋培養された酵母を添加し、温度を摂氏15~23度くらいにしておくと発酵が徐々に進行します。

    醪と並行複発酵

    麹、蒸煮米、水、酵母の混合液は「醪」と呼ばれています。
    醪の中では、麹から持ち込まれた酵素群によって様々な反応が同時並行して進行します。
    澱粉の糖化、アルコール発酵、有機酸を生成する酸発酵、蛋白質分解による低分子ペプチドやアミノ酸の生成、さらに高級アルコール、脂肪酸、エステルなども産生きれる多彩な反応である。
    糖化にカビを使う酒造りでは、醪の中で原科(日本酒では米) から酒になるすべての反応が並行して進行するのが特徴です。
    このような酒造りは「並行複発酵」と呼ばれています。

     

     

     

    ことに糖化とアルコール発酵が同時並行して進行するところに大きな意味があります。
    酵母は発酵の始まりから糖分二五%を超えるような高濃度糖液におかれると、盛んな発酵を行うものの、糖濃度の低下(ゼロに近づくこと)と急激なアルコール濃度の上昇(12~13%になること)のために、酵母自体の能力はいちじるしく低下してきます。
    一般に微生物は(糖分のような)基質の減少と自身の代謝でできた(アルュールのような)産生物の蓄積が進むにつれてその活力を失ってしまう傾向をもっています。
    並行複発酵の場合、糖化と発酵が同時並行して進行する方法であるから、醪の中では絶えず澱粉から発酵性糖分が生成され、これと並行してアルコール発酵が進行すします。
    つまり、醪の中では発酵性糖分は絶えず供給され続け、アルコール濃度は上昇するものの糖分はほぼ同じ濃度に維持されます。
    それはあたかも、密閉された小部屋に大勢の人を収容すると、たちまち酸素が欠乏して人間は危険状態になるが、換気が適度にできる小部屋であれば、酸素は常に新鮮空気の水準に維持されて不足することがない状況に似ています。
    多くの反応が並行して進行する醪の中の環境は、酵母の活力を減退させずに持続させることに有効です。
    日本酒は並行複発酵のお陰て酵母をへばらせず、アルコール二〇%以上を含む強い酒を醸造することができるのです。

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    原料の純化

    日本酒に用いられる精白米は、通常われわれが米飯で目にする白米とは段違いに精白度が高い。
    精白度は、玄米重量に対する白米重量の比率(%)で表され、「精米歩合」と呼ばれている飯米の精米歩合は90%(糠して10%除去したことを意味する)程度であるが、日本酒向けの精米歩合は、並酒用で七五~七〇%、吟醸酒では六〇~五〇%、大吟醸酒ともなると五〇
    ~四O%にも達します。
    なかには三五%のものもあります。
    日本酒は原料である米の純度を上げることによって、香味の純粋性を実現してきたのです。
    醸造酒は原料のもつ香りや味の特徴を発酵液に強く残しています。
    醸造酒は発酵液をそのまま飲用するわけであるから、原料由来の好ましくない香味に対して何らかの対応策を考え、改善をは
    かっています。
    香りの強いハーブ(薬草のたぐい)を添加して不快な香りを隠蔽(マスキング)したり、飲用時にかなり低温に冷却する、などがそれにあたります。
    日本酒は原料である米を極度に純化して(磨いて)、酒に移行するはずの不快成分を原料段階で取り除いてしまいます。
    それゆえ日本酒は醸造酒でありながら、香味が純粋であり、燗をして(適温に温めて)飲ませる珍しい酒です。
    マスキングなしの醸造酒で、燗をして飲むことを常法とする酒は日本酒くらいのものです。
    どちらかというと強い香気をもつ酒を好む欧米人から、日本酒はやや個性的特徴に欠けるという批評を受けることもあるが、世界の醸造酒の中ではもっとも香味の純粋化に成功した酒と言うことができます。
    各地域に住む人たちは、その地域で使用できる原料を醸しててきる酒を、いかにしておいしく飲むかについて知恵を働かせます。
    日本人は十分とは言えない厳しい原料事情のもとで、あえて原料研磨の道を選択したのである。
    このことは日本人が極めて繊細で上品な官能の持ち主であることを証明すると同時に、美味を追求しこれを実現しようとする執念をも示すもので、高く評価されてしかるべきものと思われます。
    近頃の酒は純化の本筋をそれて淡泊に過ぎるものが増えてきているように感じることが時折あります。
    愛酒家の友人たちからも同じ指摘をよく聞きます。
    醸造酒の純化を極端に追うあまり、醸造技術から逸脱しかれない補助的手段を過度に用いることは感心しません。
    あくまで醸造過程の中で、原科(米、水など)の研磨、使用酵母、発酵方式などの本格的手段で純化の目的を達成することが重要で、補助的手段の多用はつつしみたいものです。
    個性を失った酒に魅力はありません。

    お酒と水の関係 ビールと水の関係 美味しい酒とビール
    微生物検査を含む厳しい水質チェックを行った結果の総合評価でも、宮水は日本酒の醸造用水として欠点をもたない優れた水であると言えます。
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    麹造りの効率化と減菌

    酒の香味の純枠性を高め改善するために、本質的にもっとも重要なことは、使用微生物の純粋性をより向上させることです。
    酒造りの主役が微生物であること、酒の香味成分が微生物の代産物によることなどから見て、香味の純粋性は雑菌を含まない(純粋性の高い)微生物を使用することによって達成できます。
    日本酒造りの先人たちは、発酵が微生物の働きであるとの認識を定かにもたない遠い昔から、微生物の純化に有効な優れた方策を発見して醸造工程の中で実行してきました。
    現在に生きるわれわれは、その叡智の発現のすばらしさに驚かされます。
    同じような叡智は世界各地の酒造りの中で必ず発揮されているものであるが、日本酒のそれが際立って優れているように感じられるのは日本人の身贔屓でしょうか。
    日本酒の香味の優れた純粋性は、原料の研磨(純化)によるところが極めて大きいが、使用する微生物(カビと酵母)の純粋性向上に見せた先人たちのすばらしい創意が、原料研磨に勝るとも劣らぬ効果をあげているのです。

    日本酒造りで主に働く微生物はカビと酵母です。

    まず麹造りに利用されるコウジカビを純化するために発揮きれた知恵を見てみましょう。
    古く奈良·平安時代の麹造りは、コウジカビの種として前回の仕上がり麹の一部を残しておいて、これを次回の蒸し米に混ぜ合わせて麹にする「友種」とか「友麹」とか称されている方法でした。
    この方法では、次々と植え継ぎを重ねるにつれて、ほかの雑菌類がコウジカビに混ざって増殖してくることは避けられず、酒の品質に悪影響をもたらすことになります。
    また、せっかく出来上がった麹の一部が友麹として次回に割かれるのは、麹の目減りであり、麹の「出来歩合」が低いことと同じてで麹造りの効率を低下させます。

    カビの増殖には、カビ菌体の全体が必要ではなくて、カビのつくる胞子さえあれば十分です。
    コウジカビを蒸し米に植えつけて麹の室に入れておくと三~四日で菌体は成長して胞子をつくります。
    この胞子を無数にもつ麹を節に掛けると、大量のカビの胞子が得られます。
    この胞子を蒸し米に植えつけると、友麹を使った場合と同じょうに麹を造ることができる。
    このような胞子を使う麹造りは室町時代に実用化され、友麹を無用にし、麹造りの効率向上に大いに寄与しました。
    節の上に残った麹は、胞子は取り除かれてはいても、酒造りや甘酒造りには何ら差し支えなく使うことが出来ます。
    こうして麹造りの工程を合理化し、仕上がった麹を全量酒造りに回すことができるようになったのです。

    麹造りの工程に求められるもう一つのテーマ、雑菌のいない純粋な麹の製造についても、先人たちはすごい叡智を見せています。

    麹造りにおいて、友麹への依存から離れ、胞子を使う新技術を開発し実行に移した先人たちは、これを発展させて雑菌を含まない胞子の獲得へと進んで行きます。

    その技術は身近にあって入手が容易な木灰の利用でした。

    麹造りの際、蒸し米に木灰を加えると、蒸し米の表面は弱アルカリ性に傾きます。
    周辺にいて麹に侵入してくる雑菌類の多くはアルカリに弱く、ほとんどは死滅してしまいます。
    一方、コウジカビはアルカリ性の環境に雑菌類ほどに敏感ではなく、影響を受けません。
    むしろ木灰から受けたカリウムなどのミネラル分を利用して一層旺盛に成育し、多量の胞子をつけるようになります。
    こうして、空気中、容器 (麹蓋)、蓆むしろなどから侵入してきた雑菌類はほぼ排除され、元気のよいコウジカビだけが圧倒的に支配する状態が現れます。
    このようなカビから得られる胞子は雑菌が少なく、極めて純粋です。
    微生物について未知の時代に、今日の「集積培養」「選択培地」と呼ばれる手法に近いやり方でコウジカビの純粋化をはかり、成功したことは世界中でほかに例を見ないすばらしい叡智と言えます。

    種麹を生業とする「種麹屋」さんは、室町時代にすでに存在していました。
    「微生物の種」を商品にして商売を始めたのは、おそらく、日本人が最初でしょう。
    当時から日本人の創造性とバイタリティは相当なものであったことが分かります。

    おいしい発酵食品,日本酒は世界的万能選手
    酒税法という法律による分類では、日本酒をまず「特定名称酒」として、吟醸酒、純米酒、本醸造酒の3種類に分けます。 さらに、この特定名称酒を、原料にする米のけずり方の違いなどにより、 吟醸酒、犬吟醸酒、純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸 酒、特別純米酒、本醸造酒、特別本醸造酒の8種類に分けています。
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    麹と酒母の秘密

    醪に加えられる酵母は、麹造りのカビと同様に純粋な(雑菌を含まない)ものであることが、良質の酒を醸し出すために極めて重要であります。
    ここでも先人たちは最高の叡智を見せてくれます。
    醪は、麹、蒸し米、水の混合物に酵母を添加したものから成り立ち、この醪の中で「並行複発酵」が進行します。
    日本酒醸造では醪に添加する酵母を「酒母」と呼んでいます。
    酒母は醪の規模に合った酵母量になるまで無菌的に増殖された種酵母です。
    酒母は醪に発酵を開始させる「スターター」の役割を果たすものです。
    醪に加えられる種酵母の量は、醪の中に侵入して生息する雑菌類の数に比べて圧倒的に優勢になるほどの量てなくてはなりません。
    醪の中で微生物学的純粋性を維持するために、純粋培養された酵母(酒母)が圧倒的に優勢な状態を醪の中で実現し、雑菌の増殖する余地(障間)を与えないことが重要なのです。
    ある菌が圧倒的に優勢な場では、少数派の菌が増殖の勢いをなくすることは、かのパスツールも観察しており、よく見られる現象であります。

    このため、醪の規模に応じて、相応量の酒母が準備されるのです。
    醪に添加された酵母(酒母)はどんどん増殖し、醪中の酵母人口はだんだんと過密になってきます。
    過密状態に達すると、醪に適当量の麹、蒸し米、水などを追加補給して、過密な酵母人口を希釈します。
    この操作は、同時に醪の規模拡大を実現したことになります。
    少量の酒母からスタートした醪は、酵母の増殖に合わせて麹、蒸し米、水などを追加補給され、量を増やしていきます。
    このような操作は、通常、三回まで繰り返されることから、「三段仕込み」と呼ばれていますが、醪の微生物学的純粋性を維持しつつ規模拡大をはかっていく巧妙な方法です。
    これと似たやり方はビールにもワインにも見られるが、早い時期に「三段仕込み」というシステムにまで昇華させた日本人の知恵とセンスは追随を許さぬほどに優れたものと言ってよいでしょう。

    純粋な種酵母を得るための「酒母造り」にも、絶妙の叡智が発揮されました。

    酒母は先に触れたように、醪に発酵をスタートさせる「スターター」であり、酒造りの「もと(配)」とも言われる重要なものです。
    それゆえ、酒母が微生物学的に見て純粋であることは高品質の酒を醸すために必要不可欠の要件です。
    酒母は、醪と同様、麹、蒸し米、水の混合物に清酒酵母(Saccharomyces sake)を接種·培養して製造します。
    麹、蒸し米、水の混合物に、すぐには清酒酵母は接種されません。
    まず、混合物を低温において硝酸還元菌を増殖きせます。
    この環境下で混合物中の野生酵母が淘汰されます。
    次いで乳酸菌が増殖してきて混合物のPhは3.5くらいの酸性になり、混合物中の雑菌類が駆逐されます。
    混合物中の雑菌類が淘汰され、微生物学的に清浄にきれたところに清酒酵母が接種されます。
    酒母はこのように清浄な環境の中で増殖させた、純粋な(雑菌を含まない)清酒酵母です。
    このような手順を踏んで造られた酒母は「生配系酒母」と呼ばれて重用されていますが、一方、
    最近は乳酸菌の増殖の段階を省略して市販の醸造用乳酸の添加で代用する「速醸系酒母」が増えてきています。
    後者は速醸の名の示すように、酒母造りの期間を短縮し醸造工程を合理化したものです。

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    火入れについて

    日本酒はかつては冬季に限って醸造されていました。
    良好な発酵を進めるには冬季の低温が適するからです。
    現在は大手酒蔵では冷凍設備が導入されて室内空調が行われ、四季を通じて醸造されるようになっています。
    冬季に限って醸造し、造り溜めされた酒は年間を通じておいしく飲めるようにしなくてはなりません。
    春先から晩秋まで、次の新酒が出回るまでの長い期間、造り溜めの酒が変質しないように貯蔵しなければなりません。
    醸造家を折々悩ませたのは、貯蔵中の酒が混濁し、酸味が強くなり、ジアセチル臭などの不快な臭気が出て、はなはだしく香味が劣化することでありました。
    この現象は古くから「火落ち」と呼ばれ広く知られていました。
    こんなワルサを起こす原因は「火落菌」という悪玉の乳酸菌の仕業であることが今では分かっています。
    貯蔵中(あるいは発酵中)の酒質の変敗は何も日本酒に限って見られた現象ではなく、ワインやビールなどの醸造酒にかつては普通に見られたことで、各国各地の醸造家を悩ませてきたこの問題に正面から取り組み、原因が悪玉の微生物であることを科学的に突き止め、問題解決策を提言したのが有名なフランスのパスツールでした。
    彼は一八六六(慶応二)年に「ワインの研究」、一八七六(明治九)年に「ビールの研究」を出版し、また醸造場に出向いて関係技師たちを直接指導することにも熱心でした。
    彼の提言した解決策によると、ワインやビールのようなアルコールを含む酒類の殺菌は、摂氏六〇~六三度程度の低温で、わずかな時間(数分間)加熱することで十分に目的は達成できるとした。
    この程度の低温·短時間の加熱は、酒の香味にはほとんど影響を与えず、それていて酒の
    変敗は完全に防止できるものでありました。
    この低温殺菌法はパスツールの名を冠して「パステゥリゼーション(pasteurization)」と呼ばれ、現在も盛んに用いられています。
    ヨーロッパの醸造家はパスツールの方法を実施することにより、それまでお手上げてあった酒の腐造や変敗から免れることができるようになったのであります。
    さて、パスツールの研究報告を未だ知らぬ日本国ではどうであったでしょうか?
    わが国にも、酒造りにかんする文書はかなり古いものが残されています。

    10世紀初頭の『延喜式』は「造酒司」における酒造りと朝廷の儀式を書き残しています。

    そこに記述されている酒造りが15種にも及んでいるのは驚きです。
    一四世紀の佐竹氏文書『御酒之日記』には、五種類の酒造りを詳しく記録しています。
    室町時代、江戸時代を通じて酒にかんする記述は多く、今日でいうマニュアル的なものも書かれています。
    これらの中で、パスツールの低温殺菌法に関連して興味を引くのは「多聞院日記」です。
    この日記には、文明一〇(一四七八)年から約一四〇年間にわたる醸造に関する記録もあり、室町時代末期から江戸時代の初期にかけての醸造法を知るのに貴重な文献です。
    日記には奈良興福寺の塔 頭の一1つ「多聞院」における酒造りを、院の僧、英俊をはじめ、坊さんだちが筆録したものもあります。
    その中で、夏酒の火落ち(腐敗)防止の目的で「酒を煮る」つまり「火人れ」を行ったことが記録されています。
    坊さんたちがやった「火人れ」の温度は摂氏六O度前後、時間は数分間(五~一O分くらいか)と推定され、パスツールの方法、ないしは現行の火入れ法に極めて近い方法でした。
    パスツールに先立つこと三〇〇年も前から坊さんたちはやっていたのです。
    惜しむらくは、 坊さんたちは低温殺菌を実施はしたが、パスツールと違ってその原理にまで理解が及んでおらず、火入れした酒を元の桶にして再び「火落ち」に遭う憂き目を経験しています。
    なお、この頃になると発酵用の桶は大型化し、一○石(一八〇〇リットル)もある大桶が使われるようになっています。
    多聞院で行われた「火入れ」は、原理にたいする理解度に不満を残すものの、パスツールの低温殺菌法発明に先立つこと三〇○年も前に出た誇るべき発明であります。

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