漬物の歴史
人類はじめての加工食品は漬け物だった?
私たちの先祖がはじめて知った食物の加工法は、おそらく、野菜を漬け込むことではなかったでしょうか。
そして、安定した農耕生活をはじめたのは、12000年ほど前とされていますから、その頃にはすでに収穫した野菜などの作物を、乾燥か発酵の手段で加工し貯えていたに違いありません。
しかし、日差しに頼る乾燥は簡単ですが、湿度の高い日が続く雨季やじめじめとした湿潤 な地域では陽光にあてて干すことは困難です。
したがって、野菜を長期に保存するには、塩を振りかけるか火で炙るか、何か適当な手段が必要になります。
しかし、原料の野菜をそのままか、軽く湯通しして、穴か器に入れて貯えると、適当な湿度さえあれば、野菜には十分な水分がありますし、乳酸菌も付着していますから、間もなく乳酸発酵がはじまります。
そして、野菜は生成された乳酸のために酸っぱくなり、腐らずに保存できるようになります。
天日乾燥と乳酸発酵を利用したこの二つの貯蔵の方法は農耕生活の当初からあったのではないでしょうか。
横穴や素掘りの穴に、野菜などの作物を入れ、泥をかぶせて発酵貯蔵(おもに乳酸発酵)させる方法は、埋土発酵と呼ばれていますが、簡単でしかも温度も湿度も安定しているので、今でも東南アジアのあちこちに残っています。
このように人の営みが狩猟採集から農耕に移り、安定した生活がはじまった頃の古くから、野菜の漬け物はつくられていたのです。
野菜の漬け物は東南アジアから
野菜の保存食である漬け物は、中国で開発されたといわれますが、発酵食品の発祥は照葉樹林帯の雲南から貴州辺りですから、野菜の漬け物もおそらくこの地域から起こったと思います。
しかし、漬け物に関する古い記録が残されているのは中国北西部に位置する黄河の中流から下流域ばかりです。
この辺りには、長江付近の中国南部より古くから文字があったからでしょう。
そうだとすると、漬け物は有史以前に貴州から四川辺りを経由して、黄河の中流域の文化圏に伝播し記録されたとも考えられます。
紀元前10世紀から前六世紀頃の詩集『詩経』に「田に大根、畦に瓜あり、皮を剥いで、道に漬け神に供える」とあります。
「道」は今の酸菜、広義には野菜の漬け物のことです。
『爾雅』にも『周礼』にも「道」が出ています。
このように漬け物の記録は中国の2500年前から残されています。
しかし製法は書かれていません。
具体的な製法が詳しく書かれているのは『斉民要術』で、乳酸発酵を本格的におこなう漬け物が一八例ほど紹介されています。
酸菜は、葉菜を加温して漬け込んだもので、pHが4.0~4.2ぐらいあります。
プランタラム菌が主力を占めています。
世界に広がった漬け物
便利ですぐれた食物の加工法は、おのずから世界に広がるものです。
アジアの知恵の産物といわれる漬け物はその好例で、今ではいたるところに漬け物の製法は伝わっており、食生活に欠かせないものとなっています。
もっとも広く世界中で食べられている加工食品は漬け物であるといえるでしょう。
中国の古書『爾雅』によると、春秋時代(紀元前八~前五世紀)にはいくつかの漬け物がつくられていました。
ヨーロッパにはもともと野生のキャベツを漬けたサワークラウトの先祖型が古くからあったようです。
また、西アフリカのマリに居住するドゴン族には、タマネギやほかの野菜を潰して固め、乳酸発酵させてから日に干した古くからの漬け物があります。
これらのことからも、漬け物の世界的な広がりがわかります。
このような素朴な漬け物には無数の酵母や乳酸菌が働いて、美味しい香味をつけています。
そして、乳の製品の保存に乳酸菌が効果的だったように、野菜類の保蔵にも乳酸菌がもっと.も重要な役割を果たしています。乳酸菌がいないと、発酵させてつくる漬け物はできません。
乳酸菌は漬け物を漬けるにもなくてはならない大切な細菌なのです。
漬け物の仲間たち
昔から私たちの生活の中に広がってきた漬け物は、あるかぎられた時期に取れた収穫物を貯えるための知恵の産物で、その土地のいろいろな農産物や畜肉を収穫した中で、余剰となったものは漬け込まれ貯えられてきました。
そして、数千年の間に改良や淘汰を受けながら数多くの漬け物がつくり出されてきました。
山の幸海の幸を、古い時代にはそのままか塩をまぶすなど、簡単な方法で漬け込んでいました。
その後、年を経るにしたがってつくり方に工夫を加え、糠や酒粕、味噌や醤油などの調味料を使う知恵を覚えました。
そして、その使用量や方法を変え、香味に富み保存の利く漬け物を製造してきました。
現在では4~500を数えるほど多くの漬け物が生み出されています。
この数多くの漬け物の種類を整理し分類するには原料の種類、甘酸などの味覚、使用調味料、発酵の有無などが手だてになりますが、便利なのは漬け込みに使われる調味料別による分類方法です。
また、漬け物は乳酸発酵などにより野菜類を貯えることからはじまりましたから、乳酸菌などの微生物が重要な働きをする漬け物と、調味液に浸して味付けした、あまり微生物の関与しない漬け物に分けることもできます。
漬物の種類
漬け物は発酵食品です。あなたは、漬物というと何を思いうかべますか。
ナスやキュウリのヌカ漬ですか。
それとも、ダイコンを使うたくあん漬か、カレーについてくる福神漬やラッキョウの甘酢漬かもしれませんね。
漬物は発酵食品です。
野菜などを、塩、ヌ力、しょう油、酢、味噌、酒カスなどに漬け込み、発酵させてつくります。
できあがった漬物は、漬け方により、それぞれ異なる味わいがあります。
漬け込むときに大事な働きをするのが塩です。
材料に塩分を加えると、その水分が抜けるからです。
これにより、材料にふくまれるいろいろな成分が凝縮されるとともに、漬物の特徴である腐りにくいという性質も生まれます。ふだん漬物の材料に使うのは野菜です。
しかし、広い意味では、魚や肉を、味噌、酒カス、コウジなどに漬け込んだものも、漬物といってよいでしょう。
漬物に使用される野菜類
日本の観光地では、漬物がおみやげとして売られていますし、デパートなどの物産展でも漬物が目につきます。
これによって、漬物は、土地ごとの産物と密接に結びついていることがわかります。
地方色を残す漬物や外国の漬物もふくめ、日本で食べられている、おもだった漬物を紹介します。
柴漬け
京都の大原の里でつくられる漬物です。
シソの葉、ナス、キュウリ、ミョウガを使います。
酸味とシソの香りがかみ合った、さわやかな味がします。
シソの色が染まって、見た目にもきれいです。
福神漬
7種類ほどの材料を細かくきざんで漬けてあることから、明治時代に七福神にちなんでこう名づけられました。
カレーの付き物として、おなじみの漬物です。
千枚漬
カブの薄切りを、酢漬けにしたものです。
京都の聖護院カブラ(カブ)でつくるものが有名です。
ヌカ漬・たくあん漬
ヌカ漬は、キュウリ、ナスなどの野菜を、米ヌカに漬け込んでつくります。
米ヌ力にふくまれる、ビタミン類、ナイアシンなどが野菜にしみ込んだ、栄養価の高い漬物です。
日本の漬物でもっとも広くなじまれているたくあん漬は、大根のヌカ漬です。
これだけでも栄養価が高いのですが、黄色く色づけするために使われるウコンの成分が、肝臓の働きを活発にします。
カラシ漬
小ナスを使ったものが有名です。
米コウジ、さとう、しょう油、味りん、酢、塩、カラシのまざったものに、ナスを入れてつくります。
コウジ漬・三五八漬
コウジに野菜や魚を漬け込んで、発酵・熟成させたものがコウジ漬です。
ダイコンを使うべったら漬が有名です。
三五八漬は、福島や山形に伝わるコウジ漬です。
塩3、コウジ5、米8の割合に漬け込むことから、この名がついたそうです。
カス漬
酒カスに野菜などを漬け込み、熟成させてつくる漬物です。
材料には、ウリ、キュウリ、スイカ、キノコなどがよく用いられます。
白ウリを使う奈良漬が有名です。
しょう油漬・味噌漬
発酵食品の醤油や味噌に調味料を加えて、野菜や魚を漬け込んだものです。
味噌づくりの過程でできる「たまり」、しぼる前のしょう油「もろみ」を使う、たまり漬やもろみ漬は各地の名産品になっています。
甘酢漬
ラッキョウ、カブ、ダイコン、ハクサイ、ショウガなどがよく用いられます。
ラッキョウを使ったものは甘ラッキョウと呼ばれ、カレーによく合います。
キムチ
キムチは、朝鮮語で「漬物」の意味です。
ダイコン、ハクサイなどの野菜に、トウガラシ、ニンニクなどの香辛料を入れ、発酵・熟成させてつくります。
ピクルス
ピクルスというと日本では酢漬と思われがちですが、英語では漬物全般を意味します。
野菜を漬けるためのピクルス液は、ワインビネガーでも米酢でもつくれます。
魚の漬物
サワラやタイなどの切り身を白味噌で漬け込んだ「西京漬」、サケやアコウダイなどを酒カスに漬け込んだカス漬などがよく知られています。
季節の旬野菜を漬ける
春
フキノトウの味噌漬(麦味噌と味りん、砂糖で味付けする)
ナノハナのカラシ漬
タケノコのしょう油漬
春キャベツの押し漬、
夏
キュウリの酢油漬(ごま油を使用)
柴潰
青トウガラシのしょう油漬
秋
キクの花の甘酢漬
ダイコンの柿漬(入した端と塩で漬け込む)
冬
ミズナの塩漬
カブの松前漬
ダイコンキムチ
スルメイカのコウジ漬
ヌカ床は生きている
日本の伝統的遺物の一つヌカ漬は、乳酸菌や酵母などの微生物と、塩によってつくられます。
そのため、ヌカ漬をつくるには、まず米ヌカに塩などをまぜて、ヌカ床をつくらなければなりません。
これに野菜を漬け込みます。
ヌカ床には乳酸菌や酵母などの微生物がすみついており、発酵作用を行います。
その結果、おいしいヌカ漬ができあがります。
野菜を入れてからヌカ床をかきまぜないと、ヌカ味噌が腐るといわれます。
これは、ヌカ床にすむ微生物たちのバランスを保つため、メカ床をかきまぜることの大切さをいったものです。
ヌカ床でなにが起こっているか
米ヌカ・塩→ビタミン群やナイアシンなどの米ヌカにふくまれる栄養素が、塩の力を借りて野菜にしみこみます。
乳酸菌→酸を出して腐敗菌をおさえ、酸味のあるまろやかなうま味をつくり出します。
酵母→アルコールを出して乳酸菌をおさえ、香りをよくします。
漬物は神様からの贈り物
名古屋市郊外の萱津神社には、漬物の誕生にまつわる次のような伝説が伝わっています。
はるか昔、毎年秋になると、近くの村人たちは自然のめぐみに感謝して、大地からとれた初物と海からとれる塩を神社に供えていました。
しかし、せっかくの供え物もしばらくすると腐ってしまうので、それを残念に思ったある村人は、供え物をかめに入れて供えました。
すると、供え物の野菜と塩が作用して、長持ちする不思議な食べ物になっていました。
村人たちは、これを神様からの贈り物として喜びました。
こうして塩漬けが誕生したというのです。
萱津神社ではこの故事を大切に考え、毎年8月21日を「香のもの祭」として祝っています。
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